さくらと本居宣長 (再掲載)

 その生涯を通じて本居宣長ほど、桜の花をこよなく愛し、歌に詠み続けた人はいなかったのではないでしょうか。


わするなよ わがおいらくの 春迄も 
わかぎの桜 うへし契を


これは三十歳のときの詠歌。


めづらしき こま(高麗)もろこし(唐)の はなよりも
あかぬ色香は 桜なりけり


これは四十四歳のときの自画像の賛。


我心 やすむまもなく つかはれて
春はさくらの 奴なりけり


此花に なぞや心の まどふらむ
われは桜の おやならなくに


桜花 ふかきいろとも 見えなくに
ちしほにそめる わがここゝろかな


最後にあまりに有名なこの一首。

しき嶋の やまとごゝろを 人とはゞ 
朝日にゝほふ 山ざくら花
 

 これは六十一歳のときの自画像の賛です。
 宣長の言う「やまと心」や「やまとだましい」とは、日本人の率直、素直なる感情のことで、吉田松陰以来の大和魂とは、つながらなくはないのですが、歌にある通り、ややニュアンスを異としています。しかし、これほどの長きに亘って、桜は宣長の心を虜にし続けたわけですから、その魅力が尋常な物ではなかったことが分かります。
 幕末の志士橋本左内は、この歌が好きで、桜花晴暉楼と称していました。

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