建武の中興 (その三)

 先日の第一七三臨時国会の所信表明演説で、鳩山由紀夫首相が、自身がこれから取り組む政治を「無血の平成維新」と表現したそうだ。
 新たな改革の必要性が高まるたびに、引き合いに出されるこの維新という言葉。
 実際に維新を経験した人々がこの言葉に込めた実感、それは重層的に積み重なってきた日本の歴史、伝統の重みをずっしりと背負いながら、自己集中により自らを追い込むことで、再生への新たなエネルギーを得て、未来へ力強く歩んでいくようなイメージを伴っていたはずなのだが、そんな先人たちの血の滲む想いに何の思いをはせることもなく、自身の都合で軽々しく使いまわす政治家たちの軽薄さには、ほとほと嫌気がさす。
 明治維新に対する現代的な通り一遍の知識しか持ち合わせていない人には、「またか」と思うだけで、それほどでもないかもしれないが、その重厚さを知るものからすれば、軽薄さに対する嘲笑を通り越して、醜悪さに対する嫌悪感さえ抱いてしまうのである。
 先人の偉業を安易に使いまわす政治家ののっぺりとした頭脳は、実際、何も考えてはいないだろう。そこには一新以外の何の意味もこもってはいないのだ。

 友愛。
 それにしてもなんと軽薄な響きであろう。
 そこには歴史の重みも、精神の重みも存在していない。
 友愛も、無血の平成維新も、歴史的実体を欠いた名、すなわち空名である。
 歴史も、伝統も、精神も存在しない友愛外交など、無血の平成維新など、何の歴史も生み出しはしない。
 鳩山ポッポ由紀夫氏がいくら友愛を説いて一人悦に入ろうとも、私の卑近な経験では、鳩は公園で戯れているうちはいいが、いざとなれば、猛禽類どころか、さっきまで一緒に日向ぼっこをしていたはずの飢えを覚えたカラスに襲われ、身を啄ばまれて、骸と化すのが落ちである。
 友愛の名の下に身を啄ばまれるのが鳩山御殿ならば、どうぞご勝手にと言う所だが、彼の発言から察するところ、カラスや猛禽類の類に身を差し出そうとしているのが、この国らしいというところが迷惑千万な話なのである。 
 もっとも彼の所信表明演説も、報道によれば、のりピーのマンモス裁判に食われて、マスメディアにそっぽを向かれてしまったそうだが、マスメディアの意識も、国民の意識もそんな程度のものなのだろうか。
 それではこの国はまるで子供王国である。


 言葉に惑わされるという私達の性向は、殆ど信じられないほど深いものである。
 私たちは皆、物と物の名とを混同しながら育って来たのだ。
 物の名を呼べば、忽ち物は姿を現すと信ずる子供の心は、そのまま怠惰な大人の心でもある。
 政治家達が、歴史を解釈し、説明する為に使用する言葉の蔭に、何かがある、その何かがあるという事と、彼等がどんな言葉を便宜上選ぶかという事とは全然関係のない事である。そんな簡単な事柄も、精神の或る緊張がなければ、私達は、直ぐ失念して了うのだ。

 実はこのくだり、小林秀雄の文章中の「歴史家達」を「政治家達」に置き換えたものである。
 精神の緊張を欠いた現代の政治家達が、自己の便宜で、先人の偉業を、精神を表す言葉を用いたときに、そこにはすでに歴史そのものが欠落している。孔子が名を正すことの重要性を説いたのは、それが為である。そして、我々の側にも、ある精神の緊張がなければ、すなわち怠惰であれば、その実体を失念した名に容易に惑わされてしまうのだ。
 
 そんな軽薄な、緊張を欠いた怠惰な精神を生み出したのは、建武の「中興」を「新政」と言い換える歴史家の精神を生み出した精神と同じものなのである。
 
 なぜそのようになるかといえば、伝統というものがそもそもそういったものだからだ。
 再び小林秀雄の文章を借用しよう。
 
 「伝統に関する一番悪い考え方は、伝統というものを習慣と同じ性質のものに考える事である。今日、伝統の問題が喧しいが、そういう考え方から、はっきり逃れている人は少ないように思われる。伝統と慣習とは、見たところ大変よく似ているが、次の点でまるで異なったものだ。僕等が無自覚で怠惰でいる時、習慣の力は最大であるが、伝統の力が最大となるのは、伝統を回復しようとする僕等の努力と自覚においてである。習慣はわざわざ見付け出して、信ずるという様な必要は少しもないものだが、伝統は、見付け出して信じてはじめて現れるものだ。従って、そういう事に努力をしない人にとっては、伝統という様なものは全く無いのである。習慣も伝統も断絶する事のない流れであり、両者が自ら見事に調和して、人々が伝統の回復なぞ叫ぶ必要のない健全な時代、そんな事を考えてみても安易な空想に過ぎない。伝統は、これを日に新たに救い出さなければ、ないものである。それは努力を要する仕事なのであり、従って危険や失敗を常に伴った。これからも常にそうだろう。少なくとも、伝統を、そういうものとして考えている人が、伝統について本当に考えている人なのである。」(『伝統について』昭和十六年) 

 明治維新は危険や失敗、多大の流血をも覚悟して、最大の勇気を持って踏み出された革命であったが、結果的に江戸城は無血開城にいたったし、あれだけの革命にしては流された血が少なかったということで、模範にされているが、あれは最大限の精神の緊張が現出した奇跡なのであって、個々の志士の無私の努力に、伝統の力が大きく作用して、ようやく成ったものであった。それは有史以来の日本の歴史が、あの歴史時間に凝縮した結果生まれた革命だったといってよい。

 鳩山首相が、流血などありえないことがわかりきっているにもかかわらず、わざとらしく無血の平成維新などと銘打って、国政に臨もうとしていることをみても、彼がその精神に緊張を湛えておらず、伝統について、これぽっちも頭を使ったことがないのは明らかなのだが、これは戦後の歴史家の多くにも言えることなのであって、彼らが、浅はかな合理主義から、「御一新」の側面ばかりを維新の成果として強調するがゆえに、一般の一知半解のインテリおよびインテリもどきの大衆が惑わされて、これに気づかぬまま、維新という言葉を安易に用いたがるのである。

 これは「建武の中興」を「新政」と言い換えたがる精神にも通じている。
 後醍醐天皇の志が、新政ではなく、天皇親政という王朝の理想時代に帰ろうという、復古の精神にあったことは、動かしようのない事実なのである。それを現象面にとらわれて、あえて新政と呼ぶのは、先の小林秀雄の言う、伝統とは何かということを考えたことがないか、そこから目をそむけようとしているからとしか思えない。
 そして、そこにはやはり、あの大東亜戦争の敗北という、伝統の深刻な断絶が浮かび上がってくるのである。
 

 



明治聖徳記念学会紀要〈復刊第45号〉特集「維新と伝統」
明治聖徳記念学会

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