建武の中興 (その一)

 「チャンネル桜の情報戦」(その七)である。
 チャンネル桜の情報戦が、建武の中興の英雄楠木正成の戦いになぞらえられるべきものであり、その伝統が生きていることを述べるために、「建武の中興」について書いている。

 網野善彦によれば、建武の中興について、村松剛がかつて「後醍醐帝なくして明治大帝なし」という評価を下したという。
 網野はこの評価に対して露骨に反発したわけだが、明治天皇の天皇としてのあり方が建武の中興の反省に立脚していたのは動かしようのない事実で、これとは全く逆の視点から、天皇史上、特異な位置を占める後醍醐天皇の果した役割について、さらに徹底した学問的追究がなされなくてはなるまい、と息巻くことこそが、常識の欠如した、歴史家としての異常な姿勢であるということはすでに述べた。
 大体からして、ある特定人物の特異性をことさら強調し(彼の口吻からすれば、ほとんど後醍醐天皇に対する悪口といってよい)、もっとこれを徹底して抉り出せ、などと煽ってまわる人物など、世間一般での常識として、信用ならぬ卑劣漢ではないか。

 最近、建武の中興を扱った諸書を数冊読んでみたのだが、中でももっとも低俗な史観に基づく印象受けたのが、網野氏のものであった。彼は特定のイデオロギーにとらわれていて、後醍醐天皇の出現と建武の中興という歴史事件が見えていない。見ているように見えて、その実、自己の信奉するイデオロギーしか見えていないのだ。

 佐藤進一の「南北朝の動乱」も、建武の中興を新政と捉えている一書だが、こちらの方は、戦前の過剰な南朝正統論に対する懐疑が出発点となっているだけあって、物事の本質を問うという、学問の基本が押さえられているだけに、まだ歴史家としての公正さ、バランス感覚を失っていない。
 とはいえ、この書も、政治的形跡は尽くされているものの、情実といった点が尽されているとは言い難く、むしろ、そういった点から距離を置こうとしているかのような印象を受けた。つまり一応は科学の衣をまとってはいるものの、他人事といった感じなのである。

 私が近代日本という現在の我々の立ち位置から見て、日本の歴史という大河を見つめ、戦後一世を風靡した「建武の新政」観に対する批判精神から、政治的形跡を尽したうえで、その考察が中興の情実にまで及んでいると納得させられたのが、久保田収著「建武中興」(明成社)であった。
 他にも情実まで踏み込んだ本はあるかもしれないが、私の狭い読書の範囲内では、この本の次の箇所に、きらめくものを感じた。

「・・・(後醍醐天皇の諸政を)単なる復古的・反動的改革に過ぎぬとみるものもあるけれども、中興時の機関や治績をみるとき、そこには理想をめざしつつ、現実に即した改革をはかろうとする努力があったことは、明らかである。しかし、何分にも中興が実現して後、わずか二年にして、ふたたび戦乱の世となったことを考えねばならぬ。建設は破壊の後に進められるのであるが、その破壊の後始末がなされつつあって、いまだ十分に安定しない中に、高氏の叛乱をみたのである。明治維新をみても、その際の重要な改革である版籍奉還は明治二年六月のことであり、廃藩置県は明治四年七月のことであって、王政復古の大号令の出た直後においては未だ実現できぬものであり、その実現までにはなお両三年の歳月が必要であった。建武の中興においては、建設の槌音が強くひびきわたるまでの暇がなかったといえよう。・・・」

 そうなのだ。
 たかが数年で、挫折した根本的な改革の評価は志以外には下しようがないのだ。
 ここでは明治維新との比較において、建武の中興が論じられているが、確かに明治維新が明治三年の段階で挫折していれば、同じように、当時の政府の中心にあった大久保らや岩倉の責に帰せられるべき明治天皇の治績は、その政治的形跡から、先と同類の凡庸な史家たちによって、くそみそにけなされたであろう。
 そして、その可能性はかなりの確率で存在していた。
 明治三年頃、明治政府の腐敗・堕落、政治の混乱は、行き着くところまで行って、それに慨嘆した大久保は暮夜密かに泣いた。そして、それを鹿児島に起臥している南洲翁に書いて送り、翁は、泣き言を言うなら人事を尽して、それでも駄目なら鹿児島に帰って来い、と叱咤激励した。
 これに発奮した大久保は、朝廷の議論をまとめ、勅命による薩長土の藩兵と南洲翁の上京とあいなり、明治四年七月の廃藩置県という、新政府の起死回生の事業へと行き着くのである。
 しかし、それさえも、建武の中興の挫折への反省という、慎重な態度あってのきわどい成果であった。
 そういった先例なき建武の中興が非常な困難を伴ったものであったことを想起すれば、先に引用した久保田収の知見が卓見であることに気づくはずだ。
 それを感得した建武の中興に対する非難は傾聴に値するが、そこにまで及んでいない議論は、はっきり言って歴史認識としては未熟である。
 それはもちろん私にも当てはまる。
 三年前出版した「新西郷南洲伝」上巻で、自分が書いたことを読み返せば、そのことは判然としている。その自省に立って、言うのである。
 先の言葉に歴史の洞察を見ない精神は、建武の中興を理解しないどころか、明治維新も、延いては近代日本建設の経緯についても、理解が成熟しているとは言いがたいのである。
 
 
 


  
 
 



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錦正社
堀井 純二

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後醍醐天皇の理想と忠臣たちの活躍 著者:久保田収出版社:明成社サイズ:単行本ページ数:308p発行年

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