チャンネル桜の情報戦 (その三)

水島氏主宰のチャンネル桜の情報戦の背後にある伝統。
 これは水島氏が自覚的な幕末維新の志士、とりわけ西郷南洲翁と吉田松陰をさらにさかのぼって、これらの背景をなした江戸時代の学問的伝統、それに絶好の主題を提供した南北朝の騒乱にまでさかのぼることができる。
 その一つの模範となったのが、渡部昇一氏の指摘した、南朝の英雄にして、忠臣の鑑、楠木正成の戦いであった。
 それらは表面的には、断続的なつながりに見えるかもしれないが、日本的な宋学受容と深化の伝統であり、尊王の伝統として、確実に地下水脈としてつながっている。
 それが明治の教育勅語などに結晶化していくのである。
 
 敗戦とその後の伝統破壊によって伝統意識を大きく傷つけられた戦後日本では、これらの伝統をそれとして認められない、ひ弱な、ナイーブな精神が大きく幅を利かせている。

 たとえば、戦後の国民的作家、司馬遼太郎。
 彼は明治維新の礼賛者といいながら、その思想的背骨を成した水戸学を壮大な無駄とまで言う。それがなかったならば、明治維新など起こり得なかったことまで思いが及ばないらしい。これではまるで、マルクスの思想を否定しながら共産革命を礼賛している共産主義者のようなものだ。
 今思えば軽薄な思索者だったということになるが、未だに氏の幻術に嵌っている老人・信者は多い。

 また、哲学者にして、日本古代史の研究から独自の日本学を展開した梅原猛も、これら尊王の伝統を、それとして認められない人の一人だ。
 彼は『神殺しの日本』という著書の中で、「教育勅語は決して日本の伝統に根ざすものではない」と断じているが、教育勅語は明らかに日本の伝統に根ざしている。梅原氏は同文章で「天皇を神とする思想は『古事記』『万葉集』にあり、『神皇正統記』などで主張されてはいるが、そのような思想が盛んになったのは江戸中期以後であり、それは倒幕の思想として利用されたにすぎない」と教育勅語的尊皇思想を非伝統と切り捨てる。
 彼は自らが神殺しを演じていることに無自覚なようだ。
 彼はむしろ、教育勅語に象徴されるような日本の宋学的尊王思想こそが、日本の神々を殺したと考えているようだが、日本の歴史を素直に眺めてみれば、これは倒錯した考えだ。
 両者の思想的迷走の根を辿ってみると、双方とも東京裁判史観であることに行き着く。つまり、彼らもまた敗戦によって伝統意識を破壊された被害者とも取れるが、でたらめな歴史を公に垂れ流し続けたという点では、加害者でもある。もちろん被害者は日本の歴史、伝統精神そのものだ。

 その点、戦後もてはやされた思想家で、独自の日本学を展開した山本七平の見る眼は、まだ公正さを失っていない。
 彼は「尊皇思想は日本史においてはむしろ特異なイデオロギーであり、それだけが我々の文化的・伝統的な拘束すなわち呪縛ではない」(『現人神の創作者たち』)と言ったが、その直後に続けて「その背後には十三世紀以来の、一つの伝統がある」と言っているように、これもまた一つの伝統であることを認めている。自らの否定衝動にとらわれて、他の伝統の存在を否定するような、未熟さは克服されているのである。
 彼は凄惨なフィリピン戦の生き残りであり、戦いを経験しなかった前二者とは、敵の存在を意識しているという点で、東京裁判史観からの自由度が異なるのである。彼らは戦う者だけに直観的に見抜ける真実もあるということを知らない。

 もはや戦後七十年にならんとする今日、我々はこういった、見たくないものから目をそらす、あるいは目と耳を塞ぐ婦女子の議論から自由であってもいいのではないか。
 婦女子とは言い過ぎというなかれ。
 彼らは分別をもってではなく、子供として、感情を持ってあの敗戦を受け止めた。彼らの理に見えるものは、GHQによって与えられた後知恵であり、その論の基底を成しているのは、トラウマであり、幼い感情であった。事実、彼らは子供であったのだ。
 あまりの精神的ショックは、子供の成長を止めることもあるという。
 日本の精神面でこのことは当てはまらないだろうか。
 最近は、保守論壇、保守政党にも確実に東京裁判史観は浸透しつつある。

 もちろんチャンネル桜の戦いは、アンチテーゼとして、これらと一線を画するものでなければならない。これは戦いが熾烈さを増すとともに、より徹底的なものとならざるを得ないであろう。
 私がここで論じたいと思っていることは、先の伝統精神から見た、その行き着くところである。その点、チャンネル桜の報道を見る限りは、あるいは戦いを観察する限りは、やや曖昧な点を感じるのである。
 そこを思想的に意識して自覚的に戦うのと、結果的にそこに行き着くのとでは、戦いの徹底さに差が出て来る。すでに日本の伝統精神は、圧倒的に不利な状況下での戦いを強いられているのであるから、思想的にそこを徹底して詰めておく必要があるのではあるまいか。
 私は自分なりに、ここでそこを詰めて考えてみたいのである。

 現に水島氏がチャンネル桜のスローガンとして掲げている「敬天愛人」の信仰の主、南洲翁は仰っているではないか。

 事にかかる者は理勢を知らずんばあるべからず。ただ勢のみを知って事を為す者は必ず術に陥るべし。また理のみを以て為す者は、事にゆきあたりてつまるべし。いずれ、理に当たって後進み、勢を詳らかにして後動くものにあらずんば、理勢を知るものというべからず。

 と。

 理と勢を知らなければ、混乱を伴いながらすべてを押し流そうとする大勢を、より理に導くことはかなわない。
 大勢は、理を尽して動いて、初めて、触視するところの形跡から、その姿を明らかにするのである。そして、その勢を知ることによって、理もまた、死を免れて、活理としての生命を吹き込まれる。

 もちろん、その理を解く鍵は、過去から我々に伝えられてきているものの中に、すなわち歴史の中に、すでに用意されている。

 「見聞広く、事実に行きわたり候を、学問と申す事に候ゆえ、学問は歴史に極まり候事に候」と言った荻生徂徠は、「世は言を載せて遷り、言は道を載せて遷る、道の明らかならざる、もとよりこれに由る」という深いことを言っている。

 原理なき国、日本では、この道が必ずしも明らかではない。
 原理らしきものがないのではない。
 ただ、それに到達する道がなかなか見つからないのだ。
 なぜなら、道を載せて現在まで運んでくるはずの言葉そのものが、そして世その物が、連合国の占領政策によって、破壊されてしまったからである。そう、戦後知識人の心がそうであったように。

 伝統の大河は、連合国の強大な権力によって築き上げたダムで、悪意によって、意図的にせき止められてしまったのだ。
 その手がかりとなるはずの言の葉そのものが、彼らによって奪われてしまった。
 神道令、検閲、焚書、真相箱、使用漢字の規制、東京裁判による歴史の破壊と憲法の強制。
 戦後の日本人の愚かなところは、せっせとこのダムを補強してきたことである。

 チャンネル桜の現在の戦いは、このダムに強力な鑿でせっせとひびをいれている段階と言えるかもしれない。
 心ある日本人は、今すぐにでも立ち上がるべきであるが、時間は限られている。

 
 




 


 
 
 
  
 


 

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