チャイナ・スクール (その二)

 ヒロシ氏の紹介で、元天津駐在員のshinoperさんという方と一度だけコメントのやり取りをしたことがある。
 名こそ匿名だが、元天津駐在員であることを公言しているくらいだから、もちろんチャイナ・スクール出身だろう。
 日本人論、日本の文明論に深い関心を抱いている方で、何でも水戸学ー征韓論ー大東亜共栄圏の思想的つながりに関心を抱いているとのことで、同じチャイナ・スクールのヒロシ氏が、南洲翁のファンである私を紹介してくれたとのことであった。
 以後ちょくちょく記事を読ませていただいているが、勉強家で聡明な方という印象である。
 もっともヒロシ氏に対する印象も最初は聡明な人という感じであったが、議論するうちに、肝心の問題に触れると、ちょっと主張がおかしいぞ、筋が通っていないぞ、という感じを受けるようになり、そこに突っ込むうちに、結局、喧嘩別れのようになってしまったのだが、shinoperさんの場合も、ことが大東亜戦争に関する問題、特に日中関係に関する話題になると、同じ結果になってしまうだろう。
 その場合、ヒロシ氏同様に、私は、相手を聡明だと思ったのに意外と物わかりが悪い人だ、という結論になるのだろうし、向こうからすればとんでもない野郎だ、という話になるはずだ。
 しかし、ヒロシ氏も本来は聡明だったはずで、それを曇らせているのは、つまり、戦前の日本に対する歴史認識を歪ませているのは、やはり官僚の保身ということに行き着くのではないかと思う。

 王陽明は、孟子が言った「慮らずして知る所の者は、その良知なり」を継承・発展させて、この良知は誰にでも生来備わっているもので、聖人の心と同じものであり、ひいては天の理と同じものであるとした。
 私はこれを、高度な意味での常識、英語に言うところのコモンセンスに近いものとして理解している。
 王陽明は、この本来完全なもので、誰にでも備わっているはずの良知がなぜ埋道了してしまうのかというと、この太陽のようなものが、欲や雑念という雲によって遮られてしまうからだとした。つまり、保身は、この良知を遮る雲なのである。
 実を言えば、私はヒロシ氏との議論において、筋の通った反論があれば、持論を撤回し、それを支持するのに吝かではなかった。なぜなら、日本の近現代史は大変な教訓に満ちていて、さらには本質的に難しいところがあって、それをつかんだと確信を持って言える所にまで、私の歴史認識は達していないからである。
 私は特に戦前の歴史については、大らかにつかむという段階にあるのである。
 しかし、ヒロシ氏の反論は、それに応える水準のものであるどころか、大変な疑念を私に惹起せしめた。

 それはさておき、shinoperさんのことだが、そのブログ紹介欄には次のように記されている。

 中国の開放政策がだんだんと進みつつ有ります。
 これから歴史上、日中双方が、これまでに経験したことがない交流を迎えることになるでしょう。
 日本と中国の関係は、もう一部の言葉を喋れる人だけの問題ではなくなりつつあります。
 私たち日本人と中国人は、お互いをもっと理解し合い、欧米に負けない、アジアを作っていけたらと思いませんか。


 思います。思います。
 その趣旨には大いに賛成。
 しかし、日本人と中国人が、相手をもっと掘り下げて、双方の文明性の本質までお互いに理解しあったときに、単なる友好関係だけでは交際していけないという結論に行き着くこともありうるのではないか。

 本質的に異なり、相容れない二つの文明が隣接している場合、個人の場合は、引越しなどもあるうるが、国家の場合はそうは行かない。ハンチントンが唱えた文明の衝突とは、そのことである。
 そこで両文明間には、政治が必要になってくるが、それは親善や、話し合いだけで十分とはいえない。
 『孫子』に「彼を知り、己を知らば、百戦して殆うからず」という言葉があるが、これは国家間の交際にも言えることだ。
 外交術とは、そのための技術に他ならない。 
 そして、それを弁えて行動することが一番戦争を遠ざけるのである。
 ならば、両国の文明の違いを、より深く、本質的につかんでいる方が共存状態をいい方向に導くことができることになるはずだ。
 ただ、相手を理解することは重要だが、己を知ることはもっと重要で、しかもこれがもっとも難しい。
 私が言いたいのはそのことだ。
 特に日本を理解するということはとても難しいのである。
 また日本とシナの関係も、戦前という泥沼の愛憎関係を中心に歴史を遡ってみてしまうと、文明関係の本質をはずしてしまうことになるだろう。
 どうしても時間のスパンを大きく取って、歴史をおおらかに眺める必要がある。
 しかし、これが、専門化・細分化された現代の学問が、大いに苦手とする分野なのだ。つまり権威主義が役に立たない分野ということだ。
 だから、こういった面で、司馬遼太郎や、山本七平、渡部昇一、梅原猛、古くは徳富蘇峰と言った専門外の知識人や歴史家の史観が大きな影響力を持つのである。
 しかし、日本文明の本質は、戦後のこの分野の草分けともいえる山本七平のような天才でも、それを明らかにするのに成功しいているとは言いがたい。これは愛読者としての率直な感想である。
 そこで、shinoperさんのような日本文明とは何かを自分で考えようという姿勢を持つ人に期待を持ってしまうのだが、現在の中国を支配している共産党政権を絶対条件として考えているとするなら、大きな間違いを犯すのではないかという要らぬ心配をしてしまう。
 それは経済関係という、いわば下半身で引っ付くことができても、歴史認識という決定的なところで、彼我の関係は本質的に相容れぬものを蔵しているからである。
「私たち日本人と中国人は、お互いをもっと理解し合い、欧米に負けない、アジアを作っていけたらと思いませんか」という考え自体は大変結構。
 何の異論もない。
 しかし、現在の共産党政権下でそれができるとは思えない。
 どうしても越えなければならないハードルが高すぎるのだ。
 安易な擦り寄りは、自己の伝統の根源的な変質を強要するだけだろう。
 それよりも、功を焦らずに、現実を保全して、我が伝統を守り、遠い将来に向けて、準備を着々と進めるに如かず。
 そのためには思想的準備が重要だ。歴史認識の問題があだやおろそかにできぬ所以はそこにある。
 しかし、日本の知性は、こういった国家百年の計を立てるのを最も不得手としている。戦前もそうだが、戦後はもっと顕著にそうである。

 日中関係がなぜこういったねじれたものになったのかは、明治開国以来の日本の非だけでなく、彼の方の非にも十分認識しておく必要があろう。
 それが彼を知り、己を知るということだ。
 そのためには、日本の軍部にのみ非を押し付けるのではなく、戦前の政治・外交面における非にもしっかりと目を向け、過ちを認識しておく必要があろう。
 そうでなければ、こうまで縺れきった糸を、解きほぐすことなどできるはずがない。
 こういったことを踏まえれば、本来なら厳格に受け止めておかなければならない負の側面を捨象した、心情的には媚中といってよい、戦後の親中外交は、本当の意味での大東亜の共栄状態を作り出すことからはもっとも程遠い態度といえるのではあるまいか。

 
 

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