山本七平論 (補記)

 前回、山本七平氏の伝統再把握の仕上げが「天皇論」であったとするなら、自己の選択した価値規範の探究・深化の総仕上げが、「イエス・キリスト論」という趣旨のことを述べたが、あまりにも単純化しすぎてしまって、誤解されるのではないかと不安になってきた。
 自己の伝統の再把握という作業を通じて、キリスト教を選択したと言っても、正確には、父親が内村鑑三の弟子で、成長の過程ですでに付与されてきたものであったわけであるから、伝統再把握という作業は、むしろキリスト教というものを再認識する作業と表裏一体をなしていたと考えた方が自然であるし、氏の思想をこの二点に絞れば、理解の手がかり、足がかりにはなろうが、下手をすると、その思想が持つあまりに豊かな内容を、かえって蔽ってしまう結果にさえなりかねないのである。
 かつて山本氏の伝記を書いた稲垣武氏は、山本日本学は「富士山のようにひとつだけのピークを持った山ではなく、八ヶ岳のようにいくつもの山巓を持つ連峰なのだから、山路に迷わないためにも、適切な道案内が必要」と書いていたが、まさにその通りで、どこがその中心なのか、読んでいて分からなくなってくるときがしばしばある。その山路に分け入り、登山を楽しむことをお勧めしたい。そこに読者は、彼が自由な意志で選択しえた日本の伝統規範の数々、それは合理主義的なものが多いように思われるが、氏が再把握したそれらの規範に触れることができるはずである。
 その山路の一番奥に静かに聳えているのが、キリスト教というひとつの高峰なのである。私はそれを自己の規範としていないので、その高峰が非常に遠いものに思えるが、もちろんその山路は、日本の伝統の核心から見れば、キリスト教という、異端への道だけあって、やはり日本の伝統という深山幽谷を外れてしまっているきらいがあるのである。

 日本の伝統のあたうかぎり最深部にまで潜ったといえる本居宣長が、奇しくも、同じ山のたとえで、この問題を述べているので、引用しておこう。

漢ぶみの説は、まのあたり近き山を見るがごとく、皇国の上代の伝説は、十里二十里もかさなりたる、遠き山を見るがごとし。・・・(中略)・・・これかの遠き山はただほのかに山と見ゆるのみにて、その景色も何も見えず、見所なきが如し。これ景色なきにあらず、人の目力の及ばぬ故なり。また漢籍の理ふかく尤もに聞こゆるは、人の説にて、人の情に近きなり。これかの近き山は、景色よく見わかれて、おもしろき見所あるが如し。
 
『玉勝間』
 

 漢ぶみの説を、洋ぶみの説に置き換えてみればよい。
 世に行なわれる言説の本質を宣長は外さない。
 もっとも聖書の世界も遠き山かもしれない。
 しかし、それが我々の深い所に鎮まっている山ではないことだけは確かである。

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