世界に咲いた一つだけの花 「日本」

 最近、我が家で流行っている歌は、少し時代遅れだが、スマップの『世界に一つだけの花』である。
 長男が保育所の生活発表会の出し物として、練習していたのを、次男がまねして、舌足らずながらも、大きな声で歌い始めたからである。
 ツタヤでスマップのCDをレンタルしてきて、パソコンでCDに書き込んでやると大喜び。今ではユウチューブで、映像つきで歌が聴けることを知って、それをやってと少しうるさい。
 ユウチュウブでは、歌の作者である槇原敬之のヴァージョンもお気に入りである。

 いい歌詞だなと思う。
 
 確かに個性とは、もともとその人の中に存在しているものである。
 しかしこの歌によって、今のままでいいんだと努力を放棄する方向に行くとすれば、それは危うい。そこに待ち受けているのは、個性の堕落に過ぎないのではあるまいか。

 今日評論家の西尾幹二氏のブログを読んでいて、面白いことが書いてあったので紹介したい。氏は、昨年末、世間を騒がせた田母神元航空幕僚長の論文をめぐって、文芸春秋の企画で、意見が対立する立場にある秦郁彦氏と対談した。そのやり取りの一幕を次のように書いている。


「日本はイギリスのように静かに小国になっていけばいいのです。」が会談中の秦さんの台詞の一つだった。私はそれを聞いて「人間でも国家でもナンバーワンになろうと努力する心がなかったら、オンリーワンにもなれないのですよ。」と答えたことをお伝えしておく。勿論スマップの歌のことにかこつけて言っているのである。
(http://www.nishiokanji.jp/blog/wp-trackback.php?p=799)


 秦氏の昭和史に関する言論の根底にある、日本のあるべき姿、すなわち国土相応の小国であるべきという日本の未来像こそ、彼の史観の基底を成しているものであろう。だとすれば、彼の著書に見られる日本の欠点・欠陥ばかりをあげつらう姿勢や、日本を苦境に追いやっていた敵対国の悪意に対する鈍感さや国際情勢への理解のなさも納得がいく。
 常々、歴史は本来は見えない世界であり、我々の後世の人間の意識の反映に過ぎないことを主張している西尾氏は、秦氏の史観の問題点がそこにあることを看取し、すかさずこのように突っ込んだのだろう。

 確かにナンバーワンになろうとする努力を一度はしなければ、少なくともこの世界に胸を張って、自分がオンリーワンであることを主張できるはずもない。
 このメッセージを発しているスマップや槇原敬之自身が、芸能の世界でナンバーワンであることを目指して、その努力や試行錯誤の果てにオンリーワンの存在になっているのである。
「花屋の店先に並んだ、色んな花を見ていて」という歌い始める彼らが、花屋に並ぶ、流通経路に乗るような花が、すでに野において、美しいという基準による選別を勝ち残った花であることを、意識して歌っているのかどうかは知らない。

 『論語』に次のような言葉がある。

苗にして秀(ひい)でざる者あり。秀でて実らざる者あり。

 秀でるとは稲穂が生ること。
 そのままでは苗に過ぎない人間は、成長しようと努力することで、穂が生ることもあるし、その上で実が生ることもある。努力を放棄した人間は、遅かれ早かれ、枯れていかざるを得ない。それが競争社会の現実であり、社会的動物としての人間の宿命である。

 思えば、幕末、それまで鎖国状態であった日本は、黒船来航のショックによって、自主独立、万国対峙を掲げて、国際舞台に登場した。それは競争社会の現実を受け容れたことを意味する。当時の国際社会は、植民地争奪の熾烈な競争が行われており、それに破れることは西洋の植民地になることを意味していたのである。
 西洋列強が目指すところは、この争奪戦におけるナンバーワン、すなわち覇権国家になることだった。

 一方で日本は最初から自主独立と万国対峙が掲げられていることの当然の帰結として、一等国となって、これを守るところまでが限度であり、覇権国家を目指したようなことはなかった。
 それはオンリーワンを守るために、少しでもナンバーワンを目指そうという姿勢である。
 明治維新以来、我々日本人は、心のどこかで、我が日本は万邦無比の万世一系の天皇をいただく、オンリーワンの国という意識を抱いていたのである。
 また皇室は、我々日本人の道徳意識の象徴であり、道徳性の根元と考えられていた。それは東洋の一君子国という、当時の人が抱いた自負にも明確に現れている。私はここで、敗戦後徳富蘇峰が言った、国際社会における日本は、「あたかも長脇差の博徒の真ん中に、風流閑雅な紳士が立ち交じったようなものであって、余り綺麗に、余りお立派であったために、遂に今日ではつまらぬ状態に陥り、却って長脇差の連中から、貴様こそばくち打ちの大親分であるなぞと、柄にもなき名号を付けられるに至ったことは、笑止千万といわねばならぬ」という言葉を思い出します。
 日本がやくざのような連中に囲まれている状況は今でも根本的に変わっていない。

 日本の姿勢は、どんな汚い手を使ってでも覇権を目指す、西洋列強を前に、常に不利な立場に立たされてきた。しかも日本はその都度、オンリーワンを主とするか、ナンバーワンを主とするかで、内面的葛藤を抱え込んできた。西南戦争はその葛藤が作り出した歴史的事件といえる。その行き着いたところが大東亜戦争の敗戦であり、戦後の日本人の精神を捉えた自虐心理である。
 そして、その心理が新たな政治的不利を作り出しているこの現状。

 今、世界からオンリーワンの文化・文明力を持つ国と見られている日本は、このナンバーワンを目指す努力と試行錯誤の上に築かれてきたものであって、それをはなから、身を粉にしてこの文明を築き上げてきた先人たちは欠点だらけであって、日本は小さな静かな国になっていけばいい、などと言っているようでは、この国のオンリーワンは、熾烈な国際競争下で、守りきれないのは眼に見えている。

 オンリーワンであるためにも、ナンバーワンを目指す。

 明治維新後の近代国家日本の本質はそこにあったのではなかったか。
 多くの迷走と失敗の本質は、その目的と手段の取り違え、混同にあったのではなかったか。
 昭和天皇の御苦悩と御聖断の本質はそこにあったのではなかったか。
 現在の日本蔽う閉塞感の本質はそこにあるのではあるまいか。


 西尾氏のとっさの反論は的確である。


 
 めづらしき こまもろこしの 花よりも あかぬ色香は 桜なりけり

 本居宣長



学校という劇場—「ナンバーワン」より「オンリーワン」の教育を
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