無思想・合理主義という名の思想(その二)

 かなり空いてしまいましたが、「無思想・合理主義という名の思想」の続きを書きたいと思います。といっても、かなり空いてしまっているので、何を書きたかったのか、正直なところ曖昧になってしまっているのですが、書いているうちに問題意識が復活してくるかもしれません。ということで、どこに行くか分かりませんが、とりあえず書き始めることにしましょう。

 先日書いた友人に限らず、日本人というのは基本的に思想というものに一定の距離を置こうと言うか、一種の拒絶反応のようなものを示す人が多い。これは一つの伝統と言ってもいいかと思いますが、特に戦後は、この傾向が顕著なように思えます。戦前・戦中にやかましく言われたことに対するトラウマかもしれませんが、その場合の思想とは、むしろイデオロギーと呼ぶべきもので、私が言う場合の思想は、もちろんこのイデオロギーも含めて、人が頭の中で、あるいは心の中で、思うこと、考えること全般を指して言っています。つまりかなり一般化された意味合いで使っています。
 今手許にある辞書で「思想」という言葉を調べてみると、①思うこと。考え。②社会・人生に対してもつ、まとまった考え。とあります。
 とすれば、それが深いか浅いか、高尚か卑近か、あるいは良くまとまっているか否か、という程度・内容の差はあれ、どのような人間も思想を持っているということになります。つまり人は必ず何らかの思想(つまり思うこと、考えること)に基づいて言葉を発し、行動しているのです。
 盗人にも三分の理という言葉がありますが、これはそういったことの表れでしょう。ただ物が欲しかったから、ひどいのになると、何でもいいから人を殺したかったまで、人が心の内で思うことすべてを広義の思想として扱うことも可能です。とすれば人の発する言葉・行動はすべてこの広義の思想といっても良く、ならば人間の言行の集積である歴史とは、結局は思想であるということになります。これは二重の意味で、歴史に現れる人物の中に思想があるとともに、この歴史を言葉で書き記す側にも思想があるということで、これは現在書かれている歴史は結局何重もの思想のフィルターを通して描かれることになります。というのは基本的に歴史とは文献という言語史料が中心となって構成されることになるからです。
 この記述側のフィルターが少なければ少ないほど、歴史上の人物の思想に肉薄しやすいということになります。ですから基本的に歴史は書簡や公文書などの同時代に書かれた一次史料を中心に構成されなければ一般における信憑性は高くならないのです。
 このようなことを踏まえれば、私の書いた西郷南洲伝が、友人に、これは歴史ではなく思想だと評されたということは、本人がそうであると自覚してはいなかったにせよ、一歩踏込んだ意味で歴史だと認められたことになります。これを単なるポジティブシンキングとは考えないで頂きたいです。私は歴史をそういったものと自覚して書いているのですから。
 歴史は基本的に過去のことですが、現在という今目の前で進行している出来事も基本的に歴史の一部です。つまりそこにある人間の言動はすべて思想によって構成されているといっていい。
 プラグマティズムに偏った歴史は実は偏狭な一つの歴史観に過ぎない。それは、これはたびたび槍玉に挙げるようですが、私にとっての教師であり反面教師でもある司馬遼太郎の「翔ぶが如く」と今度出版する西郷南洲伝の下巻を読み比べてもらえればよく分かると思います。同じテーマを扱ったものですから、よく分かるはずです。「翔ぶが如く」で死んでいた西郷隆盛が、命を吹き返していることに驚くはずです。そして、表現の技巧についてはともかく、歴史叙述の中の、合理性やプラグマティズムの双方で格段の違いがあることに気付かれるはずです。
 戦後の日本人の多くにいまだ大きな支持を得ている国民的作家司馬遼太郎。日本人の多くは、そういった歴史を歴史の真面目と信じ、この国民的作家と同様に、自分が無思想であると思って疑っていません。でも日本人の多くは本人なりに合理的に生きようとはしているはずです。
 これは語義矛盾といってもいいですが、理に則って、あるいは理に合うように生きようとすれば、それはすでにかなり高度なレベルで思想に則って生きようとしていることになるのです。理の意味するところが道理であっても理論であっても同じことです。またそれが功利主義的・打算的なものであっても同じことです。
 これで前回私が言おうとしたことの意味はわかるのではないかと思います。
日本人は、それが自覚的であるか、そうでないかは別として、基本的にかなり思想的密度の濃い民族なのです。ただその思想がどのようなものであるか、何に由来するものであるかの自覚意識が弱いだけなのです。そしてそれは戦後に限らず、それ以前の日本人にも強く見られる思想傾向であり、伝統思想と言っていいものなのです。(つづく)
 

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