西郷隆盛を今問うことの意義(その2)

 西郷隆盛を今問うことの意義についての二回目(再録)です。
 
 前回、今日本の本体を明らかにする必要性について述べました。それを明らかにするには、日本の歴史全般を見て行く必要がありますが、それをここで行う余裕はありません。しかし素直な眼で日本の歴史を眺めていけば、その中心には常に皇室の存在があることは明らかでしょう。この混迷の時代に皇室問題が浮上しているところを見ても、その問題がこの国の根幹に関わるものであるという意識が、潜在的に国民の間にあることの証拠です。皇室の重要性は、この国の危機と共に意識されるというべきでしょうか。
 歴史的にみても、日本においては国の存亡が意識される時には、常に皇室が求心力となってきました。古代はもちろんのこと、武家の時代になっても、三度目の元寇が予想された時には、後醍醐天皇の討幕が成功しましたし、戦国という内乱の時代を天下一統に向けて動かした織田信長も、天皇の権威を借りる形でこれを収拾しようとしました。また明治維新がその最も顕著な事例であることは、論を待たないでしょう。大東亜戦争時一億総玉砕を回避できたのも昭和天皇の聖断のお陰でしたし、その後の日本人が予想されたほどの混乱も無く、復興に向け努力することが出来たのも、天皇の存在のお陰と言っても過言ではないでしょう。ともかく日本にとって衰亡が意識される今日、皇室のあり方を問うことは、日本文明の根幹を問うことであり、国力の活性化のために避けて通ることができない最も重要な問題であることは間違いありません。
 しかしそれだけで十分とは言えません。皇室があるべき姿になれば、日本はうまくいくと考えるのは皇室に責任を押し付けているだけで、皇室依存の意識から抜け出せていないのです。大東亜戦争の戦争責任を天皇に求める意見も、この意識から出ているものと言えます。
 つまり私が言いたいのは、日本という国の象徴あるいは国民性の象徴としての皇室のあり方を問うと共に、そういった皇室を守るべき国民のあり方・姿勢が問われなければならないということです。我が国・国民の象徴としての皇室というなら、あくまでその本体は国民、あるいは国柄でなければならないからです。もちろん日本の国民性・国柄とは、その国の歴史・伝統に由来しています。だから歴史と伝統を重んじざるを得ないのです。幸い日本は長い歴史と伝統を有する国ですが、戦後猛威を振った唯物史観による混乱もあり、その根底にあるもの、歴史・伝統の縦糸が見えにくいという面があります。
 その日本の歴史・伝統を貫く縦糸を解きほぐせば、その一つに、古来天皇が民を大宝(おおみたから)と呼んだように、民の側にあっても、我が国の歴史・伝統文化の保持者として皇室が宝であったことが分かります。
 よその国と比較すればより顕著ですが、我が国においては両者は不即不離の関係なのです。我が国を人体にたとえるなら、、皇室は顔あるいは頭であるといえましょうか。
 ここでようやく西郷南洲に話題が移ります。天皇が民を大宝とする思想は、西郷南洲らが指導した王政復古の大号令にはっきり謳われています。そもそも明治維新を起こした尊皇運動そのものが、民の側からのアクションでした。その中心であった武士階級は、そもそも開拓農民をその起源としています。明治維新は、この思想の結晶であり、成果だったといえるでしょう。明治維新を近代化の側面のみで捉えるのは、目的と手段を取り違えているからです。
 このように日本の危機に際して、日本がその歴史・伝統に基づく文明力を発揮したのが、明治維新でした。もちろんこれが完璧なものであったという気はありませんが、恐らく世界史における奇跡のような革命であったことは、その過程を追っていくことで分かります。これはその成果においてそうだったというだけではなく、その革命が成し遂げられた過程と目的に於いても言える事なのです。それをここで述べる余裕はありませんが、ともかく日本文明が凝縮し、普遍性まで昇華した革命が明治維新でした。それはその中心人物のひとりで、その革命の性格を象徴的に表す人物西郷南洲の謎を解いて始めて、明らかになるのです。再び人体にたとえるなら、西郷南洲はその背骨をなし、それを支える骨格と強靭な筋肉を結び付けていたと表現するのが適切でしょうか。
 かつて江藤淳はその著『南洲残影』において言いました。「このとき実は山県(有朋)は、自裁せず戦死した西郷南洲という強烈な思想と対決していたのである。陽明学でもない、敬天愛人ですらない、国粋主義でも、排外思想でもない、それらをすべて超えながら、日本人の心情を深く揺り動かして止まない西郷南洲という思想。マルクス主義もアナーキズムもそのあらゆる変種も、近代化論もポストモダニズムも、日本人はかつて西郷南洲以上に強力な思想を一度も持ったことがなかった。」
 これは西郷南洲に対する深い理解に基づくというよりも、日本の現状に危機感を持っていた江藤淳の日本人としての直感によるものと思いますが、「玄洋社」の頭山満が言った、西郷は日本のご神木のようという言葉と通ずるものがあります。少なくとも西郷南洲は日本文化の土壌に育った大木と言えるでしょう。
 最近では江藤淳の系譜にある文明史家で、京都大学の中西輝政教授が、その著『国民の文明史』で、「西郷を知ることは日本を知ること」と言い、「日本人の真髄を体現し、日本文明の本質を体現した人物だと、多くの日本人が直感として感じ続けている」とまで言っています。まったく同感です。彼を知ることこそ、日本人としての本能を回復し、日本文明の再生につながるのです。しかし現代社会において西郷南洲を復活させるには、直感だけで無く、実証性に基づく説得力が必要でしょう。日本人は敗戦のトラウマと、それによって形成された戦後思想によって、また高度な情報化社会の発展により、その文明の本能と直感力をを衰弱させているのですから。
 恐らく一般論として、西郷南洲という人物をいきなり受け入れる力は現在の日本人はないでしょう。
 彼の言葉は余りにも重く、私自身、はじめて遺訓を読んだ時はその言葉のあまりの迫力に恐怖すら感じたことがありました。しかしこれは日本が日本として国際社会に名誉ある地位を占めるためには、避けて通れないことなのです。根気を持って取り組んでいくしかないのです。

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