新西郷南洲伝(上)

 久々の記事更新です。最近は校正などに追われ、記事の更新を怠けておりました。
 さて西郷隆盛の史伝ですが、高城(たき)書房寺尾社長のご協力のおかげで、早期出版に漕ぎ着けました。話が成立して原稿を送ったのが、確かゴールデンウィークの寸前ぐらいだったので、ほぼ3ヶ月で出版できる計算になります。今のところ予定では八月一日頃出版ですが、多少のずれがあるかもしれません。
 この本を出すことは私自身非常に楽しみにしていて、どのような反応が読者から返ってくるのか、どのような痛烈な批判がもらえるのか、今からわくわくしています。賛同してもらえれば励みになりますし、的外れな批判もあるでしょうが、良質な批判は誠実に受け止めれば恐らく私の論を補強することになると思われるからです。
 また的外れな批判にしても、歴史が、そして西郷南洲という人物が日本の鏡である以上、現代社会のゆがみを映し出し、それを測る契機を与えてくれると思います。自己の規範なり依拠するところをはっきりさせておかなければ、自己のゆがみを認識し、修正する事はままなりません。そのいい例が戦後社会です。これまで我々戦後社会は、日本の歴史、すなわち鏡そのものが歪んでいると主張してきたわけです。鏡をぶち壊そうという常軌を逸した変な情熱を抱いていた人も、多く居たようです。戦後60年を経てようやく最近は鏡ではなく、そこに映る自分の姿こそ歪んでいることにようやく気付いてきたのではないでしょうか。未だに目先の政治に拘泥して、隣国の顔色を窺って、鏡が歪んでいると主張し続けるメディアや知識人も居りますが。
 この西郷南洲伝がそういった鏡の一部を提供することになればと思っています。鹿児島では相変わらず鹿児島出身の偉人ということで、先ず第一に挙がるのが西郷隆盛だそうですが、何をした人物かということではあまりちゃんと答えられないようです。鹿児島の人に西郷隆盛を知ってもらうと共に、日本全国の人にこのあまりにも偉大な人物を、変に脚色することなく、ありのまま知ってもらえれば、と思います。
 西郷南洲という人物を追求し、明治維新を問うた先には、大東亜戦争という現代日本最大の難問が待ち構えています。勉強不足を自覚し、気持ちがひるみそうになることもごくたまにありますが、そういった問題意識で書いています。もちろん上巻ではその一部しか触れられていませんが。どうかこの本をがっちり受け止めてくれる読者が現れます様期待しています。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック