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zoom RSS 人智を開発するとは… 【西郷南洲遺訓解説】 第十条

<<   作成日時 : 2016/12/16 17:19   >>

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人智を開発するとは、愛国忠孝の心を開くなり。国に尽くし、家に勤むるの道明らかならば、百般の事業は従て進歩すべし。あるいは耳目を開発せんとて、電信を懸け、鉄道を敷き、蒸気仕掛けの器械を造立し、人の耳目を聳動すれども、何故、電信鉄道のなくては叶わぬぞ、欠くべからざるものぞ、というところに目を注がず、みだりに外国の盛大を羨み、利害得失を論ぜず、家屋の構造より玩弄物に至るまで、一々外国を仰ぎ、奢侈の風を長じ、財用を浪費せば、国力疲弊し、人心浮薄に流れ、結局日本身代限りの外あるまじきなり。


(大意)人智を開発するということは愛国忠孝の心を開くことである。これらの心をもって、国に尽くし、家に勤めるという道が明らかであるならば、すべての事業はそれにつれて進歩していくだろう。あるいは、人々の意識を開発しようとして、情報や物資輸送のインフラを整備し、最新の機械設備を整えて、人の耳目を驚かせても、どうしてこれらの高価な投資がわが国わが文明にとって今必要不可欠なのか、というところに目を注がずに、むやみやたらと先進国の盛大を羨んで、利害得失を論じることなく、家屋の構造から玩弄物に至るまで、一々舶来の文物を仰ぎ見て、奢侈の風潮を長じさせ、財用を浪費していくならば、国力は疲弊し、人心は浮薄な方向に流れ、結局日本は破産するほかなくなってしまうだろう。

【解説】前条で翁は「忠孝仁愛教化の道は政事の大本」と言ったが、これによって民に忠孝の心を養い、仁愛を最大限に推し進めていったところの国を愛する心を育てることは、すなわち人智を開発するということである。その心をもって、国に尽くし、家業に勤める、あるいは家を興すという道が明らかであるならば、もろもろの事業は着実に進歩発展を遂げるだろう。なぜなら方向性が明確であるから、各事業が相互に協調しあって事業の進展を促進せしめるからである。

  『論語』の中で、孔子は、ある弟子との問答の中で、仁とは人を愛すことであり、知とは人を知ることだ、と教えている。
 この弟子は孔子が小人と評したこともある人物で、彼に対する孔子の教えは彼が唱えた先王の道の初歩レベルの教戒と受け止めておく必要があるだろう。人を知ろうと努めるところから万端の知は開けるし、人を愛す(想う)ところから(惻隠の情もその一つである)仁の徳はその端緒をつかめるのである。
 孔子はまた同じ弟子からの「知」とは何かの問いかけに対し、こう答えている。

「民の義を務め、鬼神を敬してこれを遠ざく。知と謂うべし」

 「鬼神」とは日本語に置き換えれば「神霊」ということだが、小人である民が知に目覚めるには、民としての義務を積極的に果たし、神霊を敬って狎れ合ってはいけない。
 神霊に狎れ合ってはいけないとは、みだりに頼ったり、思いあがって疎かに扱ってはならない、ということで、神霊を謙虚に正しく祀って、日常生活においては民としての義務を尽くせ、ということだ。

 村民にしても、町民にしても、市民にしても、県民にしても、国民にしても、その共同体における公的義務を果たして初めて諸権利は認められる。これは集団のなかで社会性を学んだ大人であれば、当然の事として身につけているだろう。
「公」とは大和言葉で「おおやけ」と訓ずるが、これは「大宅家」ということで、大きな家族と見做すということである。そのためにはその「大宅家」における義務を果たさなければならない。
 その最大限、範囲を広げたものが「国家」であり、だから忠孝仁愛の心の延長線上に愛国という言葉が出てくるのである。日本において忠の行き着くところに皇室がある。また戦前において日本人は皇室の血をどこかで受け継いだ一つの家族という考えがあった。つまり、皇室は日本の各家の本家に当たり、だから孝の行き着くところも皇室となる。日本において古くから、本来は別の概念である忠孝の一致が説かれてきたのもこういった事情があったからだ。
 一方、皇室は初代神武天皇の詔にある「八紘為宇」の理想を受け継いできたから、当然のことながら、日本という国を一つの家とみなしてきた。民の父母という儒教の天子概念はこれと結合して國體を補強してきたのだ。

 さて、インフラを整備し、新たな技術開発を行い、最新の機械設備を整えるのが国家である以上は、当然のことながら、これらの事業は国家、ひいては民としての義務を果たしている国民のためになされなければならない。これらの高価な投資が、なぜわが国家にとって必要不可欠なのか、その戦略的意義が明確でなくてはならない。もちろん国家百年の大計がなければ、国家戦略の立てようがなく、さらにしっかりとした國體観と確かな国際情勢への理解がなければ、国家百年の大計も立てようがない。
 それがなくて先進文明を取り入れようとするとどうなるか。
 翁が批判したように、みだりに外国の盛大を羨み、利害得失を論ぜずに、家屋の構造より玩弄物に至るまで、一々外国を仰ぎ、奢侈の風を長じ、財用を浪費してゆけば、国力は疲弊し、人心は浮薄に流れ、国家は破産の危機に直面してしまうのである。
 売り家と唐様で書く三代目、、とはそういった現象を表現したことわざだが、日本の自称インテリにはこういった輩が多い。彼らは知的芸能を売りにしているのであって、その表向きの知性は真の知性とは程遠いと感じられることが多いが、知性の根っことなる愛国忠孝や仁愛の精神に欠けているからであろう。「自由」「平等」「博愛(本来的意味は同胞愛)」あるいは「人権」「民主主義」と言った舶来のお題目を唱えるばかりで、先人が積み上げてきた有形無形の財産を食いつぶしてしまう。彼らの大半は、愛国忠孝や仁愛のような価値観はアナクロニズムであり、古いと捉えているのだろうが、普遍的な価値観とは本来、古来からの人類の生活の内部から自然的に発生したものであり、古いか新しいかということとは無関係のはずだ。普遍的な価値と普遍主義は違う。普遍主義は国際主義やグローバリズムと言った水平方向の思想運動となって(当然そこには国際共産主義運動も含まれる)、国境を破壊して、洪水のように流れ込むが、普遍思想は自然にあるものであって、垂直方向と水平方向の思想運動によって平衡を保っている。しかし如何せん、自己主張に乏しく、普遍主義の攻勢から普遍的価値を守るために敢て主張されることにならざるをえない。

 わが国に儒教や国学を普及させるきっかけになった朱子学は、宋学とも言って、異民族王朝の脅威下で、シナにおける普遍的価値を守るために生まれた学問であり(だから道教や仏教の思想が混入している)、その思想に内在する緊張感を引き継いで、江戸時代の諸学問の興隆現象はあり、水戸学に代表される國體観は用意されたのである。
 「無事にあって有事を忘るべからず」は家康が定めた武家諸法度の教戒だが、平和な時代にあって、こういった意識を持続し、学問を発展深化させ続けるのはなかなか難しいだろうが、江戸時代の日本人はそれをやり遂げたのである。
 
 一方、戦後の日本はどうだろう。
 戦後を代表する国民的作家司馬遼太郎は明治維新の礼讃者と自称しつつ、その思想的背景を用意したこの水戸学という大事業を壮大な無駄と放言している。支離滅裂なことを言っているが、忠孝愛国の緊張感を持たないゆえの放言であり、この立場に立てば、司馬のいわば國體観の表明である『この国のかたち』や多くの歴史小説こそ、平和な時代の無駄なおしゃべりだったということになろう。お調子者の放言はブーメランのように自分のもとに帰ってくるのだ。

 それはともかく、翁は新しい舶来の文物を取り入れることを否定しているのではなく、積極的にとり入れる進取の精神をむしろ肯定していて、それを学び取ることに当たるものは個人としての「己」を空しくしてこれに当たる必要は認めても、これが大きな意味での「己」である國體の破壊につながる危険を察知していて、それを指導する立場の政事家に、己を知り、これをいかに発展させるかという慎重にして賢明な態度を求めているのだ。

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