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zoom RSS 忠孝仁愛教化の道は… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第九条

<<   作成日時 : 2016/12/09 17:15   >>

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忠孝仁愛教化の道は政事の大本にして、万世に亘り宇宙に弥(わた)り易(か)うべからざるの要道なり。道は天地自然の物なれば、西洋と雖も決して別なし。

(大意)人々を忠孝、そして仁愛の道に教え導くことは政事の大本であり、永遠にして普遍の人間秩序の要(かなめ)となる道である。道は天地とともにある自然のものであるから、西洋においても同じである。

【解説】「忠」とは主君に誠実に仕えること、「孝」とは近くは父母や祖父母に誠実に仕え、遠くは祖先の霊に誠実に事(つか)えることであることから、そういった子孫をしっかり教え育むことで過去から未来への時間意識を伴う。現在はその中間に位置し、接合点となる。

 「仁愛」は熟語として使われるときは仏教の「慈愛」と同じ「慈しみ」の意味だが、儒教的に見ると「愛」とは「人を心に思うこと」であり、最も大事な徳目とされる「仁」の端緒である。
 「仁」は定義が難しいが、孔子の言行に従って、誤解を恐れず敢て定義するなら「人を思いやり、交際するうちに形成される人間認識とそれに基づく行為」とでもなろうか。狭くは個人や家族から、広くは自己が属する社会や国家、あるいは文明圏全般の人間集団に関する認識となる。

 「政治」とは本来「まつりごと」であり、前条で解説したように、神霊の訓戒を守り命令を執り行う事、そしてその実行および結果を報告することを併せて「まつる」という。神霊の訓戒を守り、命令の実行を人に命令して行わせることが「またす」で、それにまつわるもろもろの事務が「政事」である。その意味で、忠孝仁愛教化の道が「政事の大本」であるとの文字表記は的確であろう。

 翁はこの「忠孝仁愛教化の道」を古今東西普遍の道であるという。また忠孝仁愛の心と態度を以て神霊を「まつり」、これに事(つか)えることは、天地開闢とともに、自然に生まれた道であるから(つまり天意であり天命であるから)、天下の一部をなす西洋といえども同様である、というのである。

 翁は幕末慶応二年に、英国公使パークス一行の鹿児島訪問を前に、香港で出版されたばかりの漢訳聖書を読んだことがあったから、そのことは憶測でいっているのではなく、一応確認済みであった。一応というのは、漢訳聖書とは要するに漢語の概念に置き換えられ、「からごころ」に翻訳された聖書ということであり、絶対神「ヤハウェ」は「天帝」というそれに近い概念に翻訳されているが、それでもやはり誤差は生じているのである。もっとも、西欧に今に伝わる聖書そのものが原典とは異なるギリシャ語聖書からの翻訳であり、すでに原典からの誤差が二重にあるはずなのであるが…。

 西洋文明の価値規範の基軸となっている聖書では絶対神と個人の関係が強調されるあまり、忠孝仁愛の対象は相対化されるが、少なくとも人間が父と母から生まれざるを得ない以上、また孤立して生きていくことができない社会的動物である以上は、この忠孝仁愛の価値規範は決して否定できないものであるはずだ。翁もまた「人を相手にせず、天を相手にせよ」(遺訓二十五条)と天を絶対視するかのような訓戒もあるが、一方で「天を敬し人を愛す」(遺訓二十一条)との訓戒もある。これは天の意志は民意と通じて現れるという『孟子』の思想があるからだ。つまり「天を敬する」イコール「人を愛す」なのである。

 これが翁の政治哲学の精髄だが、日本においては儒教的な「天」と古神道における「高天原」は習合していて、そこに在す神々と一体化している。その八百万の神々の中心的存在が天照大神であり、その末裔こそ、「天孫」あるいは儒教的に「天子」とも呼ばれる天皇の御存在である。そもそも「天皇」という称号も北極星を意味する道教の言葉からきているからややこしいが、「天」あるいは「高天原」とのつながりこそ、その正統性の根源であることは変わりがない。

 この「天」あるいは「高天原」そしてそこに在す神を直接「まつる」資格を有するのは、その末裔である天皇その御方しかいない。天皇陛下は忠孝、そして仁愛の拐~を以てそれら天津神をまつるのである。

 その天皇陛下を主君と仰ぎ、これを忠に尽くすということは、間接的にこのまつりごとに関わることになる。「臣民」という概念は先祖代々、天皇陛下の臣下である民、ということであるから、民は忠孝の精神を以て、間接的に古神道の世界へ関わるということだ。
 その意味で、敗戦後の最初に迎えた新年元旦の詔書(いわゆる人間宣言)で、昭和天皇が仰られた「朕と爾等国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、単なる神話と伝説とに依りて生ぜるものに非ず」という御考えはその天神と天皇と国民の間の古来からの関係性を確認したに過ぎない。これは天皇と国民が広い意味での徳によって結びついているということで、神話や伝説によって直接的に関係づけられているわけではないということである。
 
 もちろん徳とは「修徳」という言葉があるように、日々の努力によって培われていくもので、生まれつきのものではない。
 近世の歴代天皇は幼いころから帝王学として『論語』を中心とする儒教の経典を学ばれて、長ずるに及んで日々修徳に努めてこられたのである。今上陛下が皇太子時代の五十歳の御誕生日の会見で記者から座右の銘を尋ねられて、『論語』を引用して「忠恕」と御答えになられたのは、この伝統が今も受け継がれているからこそである。
 
 今上陛下がその務めに非常に熱心に取り組んでこられ、現在譲位の理由に挙げられている御公務も、敗戦やその後の反日勢力の運動や工作によって切断の危機に晒されてきた国民との間の紐帯を、信頼と敬愛によって固く結び直し、守るための不断の御努力と拝察される。しかし、これら御公務はここでの分類でいえば、本来なら「政治(まつりごと)」ではなく、「政事」であり、陛下の名代による代行が可能な仕事だ。もっと言えば自称「政治家」その実「政事家」が「まつりごと」の本質を解さずに陛下に頼りすぎているのである。

 天皇陛下の本務は政治(まつりごと)である。大臣以下公務に就く人は忠を尽くして政事を行うのが本務である。天皇陛下は天の命を受けて民の父母となり、あるいは神々の命を受けて民が安心して暮らせるよう、その必須条件となる五穀豊穣を祈るという循環関係にある。
 その相互循環関係を表現したものが祭祀・祭礼であり、その象徴的儀礼行為によって我々は天地自然も含むその関係性を確認する。

 翁は朱子学を軸とする儒教を学び、水戸学から國體観を得ているから、前条解説で引用した『弘道館記』の一節「宝祚、之を以て無窮。國體、これを以て尊厳。蒼生、これを以て安寧。蛮夷戎狄、之を以て率服す。」の循環性で國體をとらえていたであろう。
 しかし、大嘗祭をはじめとする宮中祭祀こそ宝祚無窮の証しである。これは会沢正志斎の『新論』で明確に指摘されている。

 こう考えると、儒教の概念で翁が思想の普遍性を語っていても、その中身はよほど違う日本独特のものとなっているのだが、その思想の自然性を考えると、わが国にのみまことの道は伝わっている、と言った国学者本居宣長の主張は共感できるのではないだろうか。そこには断絶も矛盾も不自然もないからだ。

 とはいえ、近代科学文明、高度情報化社会に生きるわれわれ現代人がそう言った認識に達することはよほど難しい。その意味でも、忠孝仁愛教化の道は政事の大本であることは今も変わりはない。

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