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zoom RSS 人材を採用するに、君子小人の弁、酷に過ぐる時は… 【西郷南洲翁遺訓解説】第六条

<<   作成日時 : 2016/11/16 07:45   >>

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人材を採用するに、君子小人の弁、酷に過ぐる時は却って害を引き起こすものなり。その故は開闢以来世上一般、十に七八は小人なれば、能く小人の情を察し、その長所を取り、これを小職に用い、その才芸を尽くさしむるなり。東湖先生申されしは「小人ほど才芸ありて用便なれば、用いざればならぬものなり。さりとて長官にすえ重職を授くれば、必ず邦家を覆すものゆえ、決して上には立てられぬものぞ」となり。


(大意)人材を採用するに際して、君子と小人の差別が厳しすぎれば、却って害を生ずるものだ。その理由は、天地が始まって以来、世の人の内、十人に七八人は小人であるから、その小人の情状をよく理解し、その長所を取って、それを活用できる小職を与えて、才芸を尽くさせるのである。藤田東湖先生がかつて私に申されたのは「小人ほど才芸を持っていて、うまく用いればこれほど便利なものはいないから、むしろ活用しなければならない。だからと言って、長官に据え、重い職につければ、必ず国家を覆すものだから、決して上の位につけてはならない」ということであった。

【解説】南洲翁が若いころ、江戸で、主君島津斉彬の引き合わせで会い、兄事した藤田東湖は後期水戸学を代表する人物の一人である。翁が「國體」という言葉を使うとき、その概念について最初に影響を受けたのは彼からだと言っていいだろう。翁は当時を回想して、当時大いに感化を受けたのは藤田東湖と越前藩士橋本佐内の二人だった、と述べていたという。
 今残されている書簡にも、東湖先生を訪問すると、清水を浴びたような気分になって、心中一点の雲霞なく、ただ清浄なる心持になり、帰路を忘れるほどである、と書いている。また安政二年の大地震で東湖が亡くなった際は、大変なショックを受けた。その一月余り前には東湖と同門の先輩で、江戸に出てきた『新論』の著者である会沢正志斎への期待を同志への書簡に書いているくらいから、かなり後期水戸学の影響が大きかったと見なければなるまい。

 東湖と会沢は同じく、東湖の父である水戸学中興の祖である藤田幽谷の弟子である。幽谷の代表的著作「正名論」は『論語』を価値規範とする幕政改革書だが、老中松平定信の求めに応じて、弱冠十七八歳の頃に書いて提出されたものだとされる。彼に始まる後期水戸学は各学派の折衷学であるが、その柱となっていたのは伊藤仁斎の学問、いわゆる古義学であった。仁斎学とは要するに、『論語』を、朱子を代表とする後世の注釈に頼らず、直接読みこんで、これを日常通用の学問として実践しよう、という趣旨の学問であった。折衷学というのは、そこに徂徠学や国学、その他蘭学の成果までも取り入れようという学問態度である。人間中心の学問的態度と言える。
 そこから生まれたのが、後世の國體論や大日本帝国憲法に大きな影響を与えた、会沢の『新論』であり、烈公こと水戸斉昭が著わした藩校「弘道館」の設立趣旨である『弘道館記』であり、東湖が著した『弘道館記』の解説である『弘道館述義』であった。大日本帝国憲法と同時に発布された「教育勅語」のまた思想的に同根である。

それらの価値機軸となった『論語』によると君子と小人の違いは次のように表現されている。ざっと抜き出してみる。

「君子固(もと)より窮す。小人窮すればここに濫(みだ)る。」

 君子も窮することはある。ただ小人が窮すれば取り乱すものだ。

「君子の徳は風なり、小人の徳は草なり。草、これに風を上(くわ)えれば必ず偃(ふ)す。」

 君子の徳は譬えるなら風のようなものであり、小人の徳は草のようなものである。草は風に当たれば必ずこれになびく。

「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。」

 君子は調和しても同化しないが、小人は同化して調和しない。

「君子は事(つか)え易くして説(よろこ)ばしめ難し。これを説ばしむるに道を以てせざれば説ばざるなり。その人を使うに及びてはこれを器にす。
 小人は事え難くして説ばしめ易し。これを説ばしむるに道を以てせずといえども説ぶなり。その人を使うに及びては備わらんことを求む。」

 君子には仕えやすいが、喜ばせることは難しい。喜ばせるには道を行うほかない。人を使うときは人の資質に応じて器として活用する。
小人は仕えにくいが喜ばせやすい。道を行わなくとも喜ぶからだ。人を使うときにはその人の能力を超えた多くのことを求めすぎる。

「君子は泰(ゆたか)にして驕らず。小人は驕りて泰ならず。」

 君子はゆったりしていて驕らないが、小人は驕っていて余裕がない。

「君子は上達す。小人は下達す。」

 君子は現状より上のことを目指し達成していくが、小人は堕落していく。

「君子はこれを己に求む。小人はこれを人に求む。」

 君子は足りないもの、反省すべき点を自分に求めるが、小人はそれらを人に求めてばかりいる。

「君子は小知すべからずして、大受すべし。小人は大受すべからずして、小知すべし。」

 君子は小さなことを気に留めないが、大きなことを引き受けることができる。小人は大きなことを引き受けることはできないが、些細なことに敏感である。

「君子に三畏あり、天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の言を畏る。小人は天命を知らずして畏れず、大人に狎れ、聖人の言を侮る。」

 君子には三つの畏れることがある。天命、大人(ほかの君子、あるいは自分より上位の人物)、そして聖人の言葉である。
小人は天命を知らず、それゆえに天命というものを畏れず、大人には狎れ合って行き、聖人の言葉を侮辱する。

「君子は坦(たいら)かに蕩蕩(とうとう)たり。小人は長(とこし)えに戚戚(せきせき)たり。」

 君子は心安らかであり、小人はつねに不安に怯えている。

「君子は徳を懐(おも)い、小人は土を懐う。君子は刑を懐い、小人は恵を懐う。」

 君子は徳のことを気にかけているが、小人は土地のことが気がかりである。
 君子は規律や規則を気にかけるが、小人は恩恵を被ることばかり気にしている。

「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る。」

 君子は物事に義を見出すが、小人は物事に利を見出す。

「君子は周して比せず。小人は比して周せず。」

 君子は全体を見渡すが、小人は人と自分を比べてばかりいて、全体のことを考えない。

「君子義を以て上と為す。君子勇ありて義なければ乱を為す。小人勇ありて義なければ盗を為す。」

 君子は義を己を捧げるべき至高の価値とする。君子に勇があっても義を欠けば乱を為すことになる。小人に勇があって義を欠けば盗みを働く。

「君子道を学べばすなわち人を愛し、小人道を学べばすなわち使い易し。」

 君子が道を学べば人を愛するようになるが、小人が道を学べば器として使いやすくなる。


 以上のように、両者は対置され、比較される人間類型であるが、南洲翁の人生経験から来る観察では、両者の境界はあいまいで、明確に区別することはできない。双方の要素を持つように見える人間もいる、というのである。
 ただ根が小人であるとするなら、自分の身を守ること、あるいは自分の利益を図ることを中心に物事を考えているわけだから、上の位に、国家の重職につけることはできない。

 両者の境界があいまいというのはその通りで、例えば『論語』には「ただ女子と小人は養い難しと為す。これを近づければすなわち不遜なり、これを遠ざければすなわち怨む。」とあるが、女子供にもいろいろな人間がいて、わかりやすいところでいえば、一般の女性はおなかを痛めたわが子を愛することわが身の如くである。その女性がわが子を社会的に立派な人間に育てようとした時、子育ては君子の振る舞いと一部重なってくることになろう。社会的に立派な人間の内容にもよるが、功名を成し、立身出世を遂げることが立派な人間の証とするなら、その内容はあいまいともなろう。そして、君子もまた子供から育つのであるから、君子と小人を截然と区別することはできない。かく言う私とて、こうやって書いていることは君子についてであるが、自分の日常の振る舞いに君子に及ばぬところはあまりにも多い。
 もちろんこれは截然と区別することができない人々もいるという事であって、はっきりそれとわかる人もいる。世上の大半は戚戚たる小人なのである。
この本質は、維新の昔も、大衆社会と化した現代でも変わらないのではないか。

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