西郷隆盛

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zoom RSS ニーチェとユダヤ人

<<   作成日時 : 2015/04/16 07:33   >>

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 有名な「神は死んだ、われわれが殺したのだ」といったニーチェが、近代西欧において歴史的役割を終えたと見たキリスト教に変わる新たな価値の創造を目指し、狂気の淵に沈んだのが、一八八九年正月のこと。

 彼はその直前、『偶像の黄昏』『アンチ・クリスト』『この人を見よ』の著書を立て続けに著し、これらの出版によって、革命を起こそうとの狂気にとらわれていた。その際、財源として当てにしていたのが、アンチ・クリストであるはずのユダヤ資本であった。

 打倒ビスマルク、打倒ホーエンツォレルン家を掲げ、自身の著作の各国語による翻訳出版と檄文による国際的な一斉蜂起により、革命を成し遂げようとしたニーチェのモチーフとなっていたのが、国際共産主義運動ではなかったかと思われる。
初の「プロレタリアート独裁」による政権樹立を達成した1971年のパリ・コミューンによるパリ占拠はニーチェに大きな衝撃を与えたが、二十数年の歳月を経て、「権力への意志」を課題とするようになっていた彼には、逆に運動の一つのモチーフとなってとらえられるようになっていたのではなかったか。

 彼が実際に遺したのは著述のみで、計画は膨れ上がった妄想で終わり、何ら実体を伴わないものであったが、その最高潮に達したところで、一般に「発狂」「精神錯乱」とされる幕切れを迎えたというのはいかにも悲劇的である。『悲劇の誕生』でその著述人生を始めた彼がその悲劇を演じきったというところがいかにも劇的であるが、その哲学的意義は「発狂」「精神錯乱」で片付けられるような単純なものではない。

 彼が思索の行き着く果てで、理性と狂気の綱渡りを極限のところで渡りきった(バランスを崩しての転落ではなかった。私はそう見る)その先に見えたものが何であったかは、ニーチェの残した言葉から察するしかない。

 それを考察したのが、昨年書いた文章『神になった悲劇人、最晩年のニーチェ』なのだが、理解者を得るには相当の年月が必要かと思う。


 ニーチェはその著作が後にナチスに利用されたことから勘違いされたことがあったが、反ユダヤ主義ではない。妹のエリザーベトが反ユダヤ主義者と結婚した際は、猛烈に非難してさえいる。実はニーチェの死後、彼の思想とナチスを結びつけた人物こそ、このエリザーベトだったのである。

 ニーチェに反ユダヤ主義はなかったが、キリスト教の土壌となったユダヤ的価値観、すなわち聖書の価値観それ自体は否定した。むしろ聖書的価値観で否定されたものを積極的に肯定しようとの強いパッションで貫かれているのが彼の著作であり、彼の激しい生き方であった。

 ニーチェはヨーロッパの真ん中に生きながら、その到達した世界観は非西洋的なものであり、実はむしろ日本の神道的な世界観に行き着いたことが、いわゆる狂気の書簡から窺える。これを考察したのが拙稿「ニーチェと『論語』」だがこれはまた機会があれば公開したいと考えている。

 ニーチェの「狂気」の書簡の代表的なものをウィキペディアから引用しておこう。


 「1889年1月3日、ニーチェはトリノ市の往来で騒動を引き起し、二人の警察官の厄介になった。

数日後、ニーチェはコジマ・ヴァーグナーやブルクハルトほか何人かの友人に以下のような手紙を送っている。ブルクハルト宛の手紙では


「私はカイアファを拘束させてしまいました。昨年には私自身もドイツの医師たちによって延々と磔(はりつけ)にされました。ヴィルヘルムとビスマルク、全ての反ユダヤ主義者は罷免されよ!」


と書き、またコジマ・ヴァーグナー宛の手紙では、


「私が人間であるというのは偏見です。…私はインドに居たころは仏陀でしたし、ギリシアではディオニュソスでした。…アレクサンドロス大王とカエサルは私の化身ですし、ヴォルテールとナポレオンだったこともあります。…リヒャルト・ヴァーグナーだったことがあるような気もしないではありません。…十字架にかけられたこともあります。…愛しのアリアドネへ、ディオニュソスより」


というものであった。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%81%E3%82%A7

 これは自身を創造生成の神の化身である、といっていることになる。


 彼が近代合理主義というニヒリズムを超克した生き方として提示した「超人」との概念の訳語は【Ubermensch】というドイツ語からきているが、これを英訳すると【overman】あるいは【superman】となる。

それぞれ、【over】は「上の、外の、すぐれた、過度の」、【super】は「超越した、極上の、すごい」といった意味を持つ。
 これは日本の「かみ」概念に一部重なるものだ。

 ここで本居宣長の神概念を紹介しておこう。


「さて凡て迦微(かみ)とは、古御典等(いにしえのみふみども)に見えたる天地の諸の神たちを始めて、其を祀れる社に坐す御霊をも申し、又人はさらにも云わず、鳥獣木草のたぐひ海山など、其余何にまれ、尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳のありて、可畏(かしこ)き物を迦微とは云ふなり、(すぐれたるとは、尊きこと善きこと、功しきことなどの、優れたるのみを云に非ず、悪きもの奇(あや)しきものなども、よにすぐれて可畏きをば、神と云なり、さて人の中の神は、先づかけまくもかしこき天皇は、御世々々みな神に坐すこと、申すもさらなり、其は遠つ神とも申して、凡人とは遥に遠く、尊く可畏く坐しますが故なり、かくて次々にも神なる人、古も今もあることなり、又天の下にうけばりてこそあらね、一國一里一家の内につきても、ほどほどに神なる人あるぞかし、さて神代の神たちも、多くは其代の人にして、其代の人は皆神なりし故に、神代とは云なり、又人ならぬ物には、雷は常にも鳴る神、神鳴りなど云へば、さらにもいはず、龍樹靈狐などのたぐひも、すぐれてあやしき物にて、可畏ければ神なり、…(中略)…又虎をも狼をも神と云ること、書紀万葉などに見え、又桃子(もも)に意富加牟都美命((おおかむつみのみこと)と云名を賜ひ、御頸玉(みくびたま)を御倉板擧(みくらたなの)神と申せしたぐひ、又磐根木株艸葉(いわねこのたちかやのかきば)のよく言語したぐひなども、皆神なり、さて又海山などを神と云ることも多し、そは其の御霊の神を云に非ずて、直に其の海をも山をもさして云り、此れもいとかしこき物なるがゆゑなり、)

抑(そもそも)迦微は如此(かくのごと)く種々にて、貴きもあり賤しきもあり、強きもあり弱きもあり、善きもあり悪きもありて、心も行もそのさまざまに随ひて、とりどりにしあれば(貴き賤きにも、段々多くして、最賤き神の中には、徳すくなくて、凡人にも負るさへあり、かの狐など、怪きわざをなすことは、いかにかしこく巧なる人も、かけて及ぶべきに非ず、まことに神なれども、常に狗などにすら制せらるばかりの、微(いやし)き獣なるをや、されど然るたぐひの、いと賤き神のうへをのみ見て、いかなる神といへども、理を以て向ふには、可畏きこと無しと思ふは、高きいやしき威力の、いたく差(たが)ひあることを、わきまへざるひがことなり、)大かた一むきに定めては論(あげつら)ひがたき物になむありける」(『古事記伝』三)



 この神概念のうち、世の常ならずすぐれたる徳があり、かしこきものである神(迦微)は、上(かみ)でもあり、ニーチェの言うところの「超人」と言い換えることも出来るだろう。これは現代日本人の「かみ」概念でもある。

 新井白石の「かみ」概念はもっとこれに近い。


「我国の凡そ称してカミというは、尊称の義なりければ、君上のごとき、首長のごとき、皆これをカミといい、近く身にとりても頭髪のごときをいい、置く場においても、上なる所をさしてカミという」(『東雅』)


 この意味においてニーチェの「超人」は「かみびと」と訳してもいいかもしれない。

 ともかくニーチェはその例として「仏陀」「ディオニュソス」「アレクサンダー大王」「ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)」「ヴォルテール」「ナポレオン」「ヴァーグナー」そして「イエス」を挙げるのである。
 要するに歴史上最も傑出した英雄、大宗教の教祖、哲学者、芸術家たちであるが、「ディオニュソス」に関しては古代ギリシャの神々のうちの一柱である。陶酔の神ディオニュソスは豊穣の神であると同時に、狂気をはらんだ暗黒神でもあった。彼の哲学において、最も重要なインスピレーションを与えた神である。

 彼は一八八九年正月に、外面においては身体の自由を失ったが(進行性麻痺と診断されている)、その内面において「超人」の境地に入ったのだ。 
 聖書を根にし、ユダヤ人がその中心を担う形でヨーロッパを蔽った国際共産主義運動とはまた別の、聖書を根底から覆す思想運動が、一人の天才思想家の内で完結したというのは非常に興味深い出来事である。

 現在は同じ根を持つグローバリズムが世を蔽い、世界を混乱に陥れている。これを担っているのは同じく国際金融資本という権力を手にした一部のユダヤ人たちである。

イスラエルの国是は「全世界に同情されながら滅亡するよりも、全世界を敵に回して戦ってでも生き残る」だとされるが、ディアスポラ後の迫害が第二次世界大戦におけるナチスのホロコーストという極限にまで行き着いて、その後イスラエルの建国に至ったユダヤ人がこういった国是を持ったとしても不思議ではなく、また一方で、彼らが手にした金、権力、人脈を駆使して、既存の国家群を操作誘導、あるいは混乱させることで自己の権益を拡大しようというのは彼らにとって歴史的必然性がある。
 無事のときから、国家の垣根を取り払うべく、グローバリズムという名の国際運動を仕掛けるのも同じ覚悟から来ていると見るべきだろう。
 そして国際的非難をかわすべく、自身が経験したホロコーストを国際的に宣伝し、これへの批判をタブー化することで、その背後に彼ら自身の謀略を隠すというのも、国際共産主義運動の教訓や超大国アメリカの金融支配やロビー活動の成功体験から学んだものだろう。

 彼らが身につけ、実践しているこれら狡猾な国際的謀略は、善悪の彼岸にたって見るべきで、「彼を知り、己を知る」が良好な国際関係構築に役立つ見地から、国際宣伝に惑わされることなく、相手を見ることが大事であろう。

 その点、同じくホロコーストを受けながら(原爆の投下や無差別爆撃による民間人の大量死など)、自ら侵略国であり加害者であったと国際宣伝に努める日本の方がどうかしているのである。少なくともわれわれは民族として滅亡したわけではないが、先人たちが数々の試行錯誤と苦労の末に営々として築き上げてきた近代国家・大日本帝国は侵略を受け、破壊されたのである。
 ことさら被害者であることを宣伝する必要はないし、それは国民性にも合わないが、愚かにも、ありもしないことをあったかのように宣伝する必要はないし(南京大虐殺や従軍慰安婦・セックススレイヴなど)、見解の分かれる侵略か被侵略かの問題を安易に謝る必要はない。
 少なくとも、知性を看板とする知識人や指導階層は善悪の彼岸に立って、冷静に国際政治を認識するよう努めなければならない。
 日本人がユダヤ人から学ぶことは山ほどある。


 ところで敗戦後、小林秀雄がニーチェに関心を示しているが、晩年の彼は「ニーチェを十分に潜り抜けていないことが日本の知識階級の弱点だ」が口癖だったという。
 ニーチェの言葉は日本で人気があるそうだが、その根源的理由は小林秀雄の直観以上に、非常に深いところにあるような気がしてならない。 

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