西郷隆盛

アクセスカウンタ

zoom RSS 尾崎秀実の根っこ

<<   作成日時 : 2015/04/09 07:12   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

尾崎の言う「八紘一宇」の内容についてもう少し。


「…私の考えでは、日本文化は前述のごとく、あくまで日本の国土に生れ国体そのものに深く結びついたものであって、これはあくまで日本民族だけに許された特典であると考えます。したがって我が日本文化は、これを地域的に拡散するのではなくして、日本民族、日本自体の内でますます内的にこれを深め、かつ純化(淳化)することにあると考えます。つまりかくのごとくして自らの内に日本文化を深め、かつ高めた日本人が地域的に拡散せられ、そこにある各地の固有文化を向上進化せしめていくことを指導助長するという行き方が正しいのではないかと思うのであります。
 要は日本文化として普通外部から認識せられる諸々の形式や外形の特異なるものを全く異なった文化領域に強いるというのではなく、指導者たるべき日本人自体の文化的内容を充実向上せしめるという点に重点を置くべきものと考えます。」



 これは良くも悪くも日本文化の特質を言い当てているというべきだろう。
 日本文化は深いところで普遍性を持つが、それは決して普遍主義ではない。

 儒教、仏教など何でも取り入れて、これを深化、充実させ、これをバネに飛躍的発展を遂げてきたのである。その根幹となってきたのが万世一系の皇室の御存在であり、土壌となってきたのが神道的な世界観だったのである。
 これを前提に「八紘一宇」の精神を考えれば、どうしても尾崎の言うような内容にならざるを得ないであろう。

 こうして考えてみれば、一見普遍性を持つことによって普遍主義の立場に立ち、深い核心部分で特異な思想を持つキリスト教文明やイスラム文明など聖書を根に持つ文明、あるいは支那文明とは、大いに異なるのである。



 尾崎は自身が陥った国際共産主義という名の普遍主義をどう反省したのであろうか。
 


「顧るに、私の多年の国際主義の迷夢を打破して、宙に浮いていた足を本来の国土の上につけることに役立ったものは、家庭への愛情、家族との意外にも強い目に見えざるつながりでありました。…実に私自身の全存在が具体的に、手近には家族というものを通じて、悠久の古からまた永遠にこの国土に生きていたのであります。このことは私一個が死亡するというごとき事実によって消滅することの無い、もっと深い事実なのでありました。」


 尾崎はこの深い事実を次のように敷衍している。


「私一個には両親があり、その両親にはまた更に各々の両親があった。かくして数代、数十代、更に数百代を遡って思うときに、私一個には実に幾億とも知れぬ無数の生霊の流れが集中されていることを感ずるのであります。私を出発点として来るべき遠き将来を思う時、また同様のことに気付くのであります。この当然のことに一度思いを致すことは私に不思議な感情を起こさせます。私は実に歴史の長きに亘ってこの国土に生きて来、また、この国民の中に生き続け来り、生き続けて行くのでありました。
 私一個の個体は、この国土にある時期をもってたまたま生を受け、またやがて死んで行くのであって、まことに自然な去来に過ぎないために、その生命の深い意義を忘れがちでありますが、深く思えば、家族の一員としてまた国民の一人としてこのめでたき日本国家に生きた意義を思うべきでありました。」




 彼は逮捕されることによって、 世界に向けられていた目をようやく足元に向けることが出来たのである。
 足元を見つめ直した尾崎は、二回目の上申書において、転向前の自分を次のように表現している。


「私の過去を今振り返って深く省察する時、強く感ぜられる点は、一切の私の誤謬の根元が、私の物の考え方の抽象的観念的であった点に基づいていたということであります。
 私は一種の理想家でありました。しかしながらむしろ空想家、夢想家の要素が非常に多かったようであります。そのために理屈の上では一番排撃しなくてはならない観念性に堕して、現実的、具体的な行動を失い、上滑りに陥ったように思われます。これを更に具体的に申しますならば、私は人道愛ないし人類愛を心の基底に置き、政治的な目標は一定不変に世界主義―世界大同社会の実現に置いて来ました。また同時に個人の幸福の増進ということを重視し、この個人の幸福の達成が世界大同社会の実現のうちに得らるべきだとする考え方であったわけであります。こうしてこの両者の結合が当然可能なりとして、それを実現せんことを念願として来たのであります。」



 こうもしっかり国際共産主義の欠陥を指摘し、反省されてしまっては、この迷夢に浸っていたい空想家、夢想家は、激しい拒絶反応を示さざるを得なかっただろう。あるいはかつての尾崎がそうであったように、見ないようにすることで処理するしかなかったであろう。

 
《 この抽象論、観念論に毒された人物として、ISILに処刑されたフリージャーナリスト後藤健二氏の母・石堂順子さんを挙げればご理解いただけるだろう。
 

「発言全収録&ダイジェスト 石堂順子さんの記者会見 イスラム国人質・後藤健二さんの母親」【https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=3QuLoKxxdIM

 彼女の姿はある意味衝撃的ですらある。実社会に生きた人とはとうてい思えないのである。》 



 ちなみに尾崎は二回目の上申書の中で、日本の国体を次のように表現している。


「…日本の特徴は何であるかといえば、私はやはり富士山の姿に最も端的に表現されているというに躊躇しません。…(中略)…
 富士山の美しさを何よりも早く認識したのは上代の我々の祖先でした。いかに多くの富士山を詠じた秀歌が万葉以来の歌集の中に残されていることでしょうか。
 だが富士山の美しさの象徴するものは、ただに日本の国土だけではないと思われます。富士山の象徴するものは実にまた我が万邦に比類なき国体の姿でもあるのであります。遥に大地にまでなだらかに広い裾野を引きながら、あくまで孤り高く、美しい気高い線を描いて中空高く聳え立つ富嶽の姿こそは、我が天皇陛下の万民の中に御立ちになる御姿そのものに譬えることが出来るでありましょう。
 富士山は遠く隔てて仰げば天空高く屹立し、まことに人界を絶して崇高にして近づき難くすら思われるにかかわらず、その姿はまた限りなく優しく総てを包容し招き寄せるかのようであります。しかもそれに近づくに及んでは、広い裾野は低く周囲に及んでおります。まことに我が皇室が尊厳無比でありつつも、親しく人民の中にその根を置いておられるという事実に相あたるものではありますまいか。」



尾崎が我に返って、捉え直した根っこは以上のようなものであった。

では、彼が根っこを失って、あるいは断ち切って陥った抽象的、観念的な国際共産主義の根っことは?

これは次回考察することにする。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
尾崎秀実の根っこ 西郷隆盛/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる